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2010.01.26
私のおばあちゃん
私は、生後半年で母が亡くなり、おばあちゃんが母がわりで
育ててくれました。小さい頃は、おばあちゃんが母だと私は
思っていました。私が生まれる前から両足の膝が悪く、私が
小学2年から社会人になった頃までの15年程、膝の手術を繰り返し
てました。最終的には両足、人工関節をいれました。
そんな足の痛い中、いつも私に手作りの料理を作ってくれ、
いろいろな習い事をさせてくれ、自分の勉強にもなると一緒に
ついて来て後ろで習い事を見てました。
自分が親になり、おばあちゃんがしてくれた事全てが、
私への愛情だったんだなーと思ってました。
頭がよくて、なんでも出来て尊敬するおばあちゃんが痴呆になった
時、あまりの違いに現実をうけいれれなかった私がいました。
今、思えばこんな事もあると、勉強させてくれたんだなーと
思えます。
おばあちゃんは、自分の孫全員に愛情をそそいでくれました。
葬式の時も、全員の孫が揃う日に告別式をしました。それが孫全員
の希望でした。
孫と孫の子供に囲まれて、おばあちゃんは天国へ行きました。
私は、気づくとおばあちゃんの事を思い出して泣いています。
そんな私をパパとルビーが見守っていてくれます。
ローズがいてくれる事で気がまぎれている私です。
今回も家族が支えてくれ、家族の大切さをおばあちゃんが教えて
くれているように思います。
みかん
育ててくれました。小さい頃は、おばあちゃんが母だと私は
思っていました。私が生まれる前から両足の膝が悪く、私が
小学2年から社会人になった頃までの15年程、膝の手術を繰り返し
てました。最終的には両足、人工関節をいれました。
そんな足の痛い中、いつも私に手作りの料理を作ってくれ、
いろいろな習い事をさせてくれ、自分の勉強にもなると一緒に
ついて来て後ろで習い事を見てました。
自分が親になり、おばあちゃんがしてくれた事全てが、
私への愛情だったんだなーと思ってました。
頭がよくて、なんでも出来て尊敬するおばあちゃんが痴呆になった
時、あまりの違いに現実をうけいれれなかった私がいました。
今、思えばこんな事もあると、勉強させてくれたんだなーと
思えます。
おばあちゃんは、自分の孫全員に愛情をそそいでくれました。
葬式の時も、全員の孫が揃う日に告別式をしました。それが孫全員
の希望でした。
孫と孫の子供に囲まれて、おばあちゃんは天国へ行きました。
私は、気づくとおばあちゃんの事を思い出して泣いています。
そんな私をパパとルビーが見守っていてくれます。
ローズがいてくれる事で気がまぎれている私です。
今回も家族が支えてくれ、家族の大切さをおばあちゃんが教えて
くれているように思います。
みかん
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